上京女子エンジニア生活レビュー

田舎から東京にやってきた新米エンジニアです。都会の生活習慣に戸惑っています。

経験から強く望む家族葬

東京ではじめて出会った家族葬

家族葬という葬儀の形を初めて聞いたとき、とても感動したのを覚えています。
平たく言えば密葬と同じですが、「家族」というこのネーミングが暖かいのです。
葬儀は地方によって少しずつ慣例などが異なります。
近所の人が集まって、受付やお茶出しなどの手伝いをしてくれる地方や、そういったものが全くない地方、それからかなり独特なしきたりのある地方など様々です。

田舎でのお葬式風景

私が住むあたりは近所の手伝いという慣例などが全くない地方で、葬儀の際には誰も手伝いに来ません。
今は葬儀会館でやることが増えて、葬儀会社の方たちがお茶出しや受付などをしてくれるようになりました。
しかし、少し前までは自宅での葬儀は当たり前、しかし誰も手伝いには来ない、という状態です。

遺族の手伝いで忙殺されていました

学生時代、祖父の葬儀を自宅で執り行いました。
受付は父の部下たちがやってくれて助かりましたが、来客への接待とお茶出しなどは全て私一人で駆け回ることに。
両親は親戚の相手で忙しく、私は常に台所と居間を行ったり来たりしていた記憶があります。
通夜や葬儀の最中にも落ち着いて座っていられず、私のなかにある祖父の葬儀の思い出は「ひたすらお茶を淹れていた」しかありません。
それからずっと、「葬儀は家族だけでゆっくりと、静かに故人と過ごしたい、最期の別れをしっかりしたい」と願っていました。

遺書で希望を示したり、事前に家族で話し合うことが大切

そして昨今の「家族葬」です。
これまでの大規模葬儀とは全く別の葬儀です。
これほどまでに私が望んだものがあることが嬉しく、それ以来憧れています。
両親なども、家族葬でゆっくり送ってもらいたいと言っており、そう思う背景には、やはり祖父の葬儀での私の姿があるようです。
しかし実際には親戚との絡みもあり、難しいかもしれません。
実現できるかどうかはわかりませんが、それでも今のうちから望み、こうしたいと常々話しあうことの大切さを痛感します。
憧れているという表現は少しおかしいかもしれません。
しかし、暖かく最期を迎えることに憧れ、それを今から家族と話し合っておけることにも、「家族葬」に含まれた大きな役割や意味があるのではないでしょうか。そう私は考えるのです。

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